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僕だけがいない街がTVアニメ化決定 [中毒性のあるマンガ]

僕だけがいない街のTVアニメ化が決定しました!

単行本の発売日が待ちきれないファンや
ヤングエースを毎月楽しみにしている人には
にはいわずもがなですがマジ面白いです。

その証拠になるかどうかは分かりませんが

2014年マンガ大賞 2位
2015年マンガ大賞 4位

更にフジテレビが2016年1月から
木曜深夜のイノタミナ枠で放送決定

アマゾンレビューでも4.5の高評価。

プロからも企業からもファンからも
評価の高いマンガであることは事実です。


さて、
私は個人的にあまりマンガを読まないのですが
いくつか定期的に読んでいるマンガがあります。

コアなアニメファンからは
「浅いよね」と言われそうですが
たまにネットカフェに行く程度です。

DVDを借りる際に評判ではなくパッケージの
写真からのイメージと裏のあらすじで
借りるように、マンガでも同じです。

当初、「僕だけがいない街」は1巻の
表紙が女の子だったのであまり期待して
いなかったのですが、

一旦読み始める止まらない!

ストーリの展開にのめり込み、食い入るように
5巻までいっきに読んでしまいました。

そのくらい中毒になってしまうマンガです。

本当にオススメの作品の一つです。

他にもオススメなのは

思わず涙してしまった「かくかくしかじか」。

2015年のマンガ大賞で1位の作品です。

そのうちドラマ化か映画化されるんじゃないかな
?と個人的に思う作品です。

2010年の「テルマエ・ロマエ」なんか有名ですよね。

最近では2013年の「海街diary」や2012年の「銀の匙」、
2009年の「ちはやぶる」が映画化、ドラマ化されています。

内容は、作者の東村アキコさんの実話をベースに
した、絵画教室の厳しいが優しく面倒臭い恩師と
マンガ家を目指す弟子との話です。

どこにでもありそうな、そしてあなたにもきっと
いたであろう記憶に残っている恩師との思い出が
この作品を読むとドット溢れてくるのではないか。

大人だから楽しめる、そういう作品です。

既に5巻で簡潔しているので家でのんびり派の人は
レンタルで、気分転換がてら派はネットカフェや
マンガ喫茶で読んでみてください。

その他にも「聲の形」も考えさせらた漫画で
特に中高生に読んでもらいたいですね。

イジメと人間関係修復の物語です。

この作品も完結しているのでスッキリと
最後まで一気に読めますよ。

では。

イントゥザワイルド 孤独の自由を求めた旅の最後で見つけた真理とは? [考えさせられる映画]

この作品は見る度に新たな発見を
する程、深いメッセージがあります。

なので、”ながら”ではなく
じっくりと見られることをお勧めします。

では、作品紹介です。

ーーーーーーーーーーーーーー

イントゥザワイルド

奥深さ ★★★★★(MAX)

2007年のアメリカ映画

脚本・監督 ショーン・ペン
(ミルクやアイアムサムで主演の俳優)

原作「荒野へ」

ーーーーーーーーーーーーーー

個人的な解釈と感想は後ほど。

===あらすじ===

難関大学を優秀な成績で卒業したクリスは
(本名:クリストファー・ジョンソン・マッカンドレス)
家族に黙ってアラスカへ旅に出た。

旅に出る理由は、
毒されたて偽りの文明社会から離れ
孤独に自由になる為だった。

文明の象徴はクリスの両親だった。

両親ともクリスと同じエモリー大で出会ったが
父は既婚者だったためクリスと妹は私生児で
両親は正式な夫婦ではなかった。

父は元NASAの天才エンジニアだったが
母と一緒にコンサルタント業を始めたが
仕事が成功するに連れて夫婦の仲は悪くなった。

家庭は破綻寸前だったが世間体を気にして
良い夫婦を演じていたので離婚はしなかった。

しかも父は正妻との子を隠し続けていた。

また、必要以上に物が溢れている都会の
過剰な物資的な世界にもうんざりしていた。

クリスは繊細で精神的に弱かったので
哲学者トルストイの影響もあり
強さを求めて孤独な一人旅に出る。

わずかな現金と、必要最低限の物をリックに詰め、
全ての預金を寄付、しオンボロ車で出発した。

捜索されないように両親からアパートに
送られる手紙は局止めにする徹底ぶり。

名前もアレクサンダー・スーパートランプ
という偽名を使った。(トランプとは放浪者)

途中、豪雨に遭遇し車が流されたので
そこからは歩きとヒッチハイクをして
寄り道をしながらアラスカを目指した。

アラスカへ向かう途中の寄り道で
様々な人との出会があった。

キャンピングカーで点々と生活をする
レイニーとジャン。

レイニーを捨てた前の夫との間に
クリスくらいの歳の息子リノがいたが
ある日、突然いなくなった。

レイニーはクリスを息子に重ねていた。

他にも

兄貴のようなウェインの農場では
肉の捌き方、燻製の作り方を学び、

クリスに恋をしたトレーラー生活の
歌手の16歳のトレイシーとはセッションし、

妻子を酔っ払いの事故でなくした老人のロイ
には革細工を教えてもらいベルトを作った。

ロイはクリスとの別れを惜しんだ。

ロイは神を信じないクリスに
「何か大きな力が確かにある、それが神だ。
許せる時がきたら、愛せる。
愛せた時に神は君を照らす。」と言う。

人々とのふれあいを経てアラスカについた。

アラスカの誰もいない荒野(ワイルド)に
足を踏み入れたのは残雪が残る年明けだった。

荒野に廃バスを偶然に見つけそれを奇跡のバスと呼び、
生活の拠点にした。

冬の間は狩りや持っていた米でなんとかしのげた。

そして雪が溶け始め春がきた。

アラスカの荒野から戻ろうとしたが
川が増水していて帰れなくなっていた。

もう米はなく狩りも上手くいかずに
クリスはみるみるやせ細っていき、その度に
ロイと一緒に作った革ベルトに穴を開けた。

トルストイの本から
持ってきた植物図鑑で食べられる野草を
調べて食べることにした。

しかし、
食用可のワイルド・ポテトと似ている
毒のあるワイルド・スイートピーを
食べてしまった。

下痢、嘔吐、消化不良などの毒があり
奇跡のバスの中で餓死してしまう。

死体はベラジカ猟師に発見された。

クリスが付けていた日記の最後に

「幸せが現実になるのは誰かと分かち合うとき」

とあった。

========

<個人的な解釈>

この作品は見る人の価値観や信念、
生活してきた環境などで見方が
別れると思います。

[新月]?過剰な物質的な世界が嫌で荒野に旅に出たのに
カメラを持っていくのはおかしくないかい?と
言う意見もあると思いますが

物自体を拒否しているのではなく
必要以上に消費することに違和感があったのだと
個人的には思います。

ヘラジカを銃で仕留めて解体したのに
蛆虫が湧いてしまって無駄になったとき
クリスは「最も悲しいこと」と言っています。

そういうところからそう解釈しました。

[新月]?なぜ孤独の旅にアラスカを選んだのか?

旅立つ理由に

「偽りの自分に勝つ、精神の革命」

「過酷とは人物を試す」

「海は強さを与えてくれる。強さとは
強いことではなく、強いと感じることだ。」

から繊細で精神的に弱い自分に強さを感じたい為に
過酷で誰も頼れないアラスカを目指したのだと思います。

(感想)

大切でなければ常に身近に置かないはずなのに
常に身の回りに存在する人や物ほども
あまりにも近すぎて大切に出来ないのかも
しれないなと思いました。

以上です。

ご訪問ありがとうございました。

では。

スタンリーのお弁当箱 インド社会の子供達の現状を伝える映画 [考えさせられる映画]

エンドロールで

土曜日と休暇中に撮影
各日5時間以内の撮影
子供達は1日も学校を休まなかった

インドで働く児童の数は1200万人以上
家事労働も含めると5000万人以上

とあっとことから、

この作品ではインド社会で置かれている子供達の
現実を伝えたかったのかもしれません。

その作品は

ーーーーーーーーーー

スタンリーのお弁当箱

日本上映2013年のインド映画

ーーーーーーーーーー

感想と疑問点については後ほど。

=====あらすじ=====

キリスト系の学校に通う4年生のスタンリー。

話上手で明るく人気者だったが
いくつか問題もあった。

宿題をよく忘れる事、左利きである事。

そして弁当を持ってこない事。

友人達に弁当がない事が
バレないようにしていた。

ある日の昼、教室を出て行こうとするスタンリーに
友人が「どこに行くの?」と訪ねた。

スタンリーは「弁当を買いに行く」と嘘をつく。

そんなスタンリーに友人はお母さん手作りの
ポテトのロティを1枚あげようとしていた。

その様子を見ていたヴァルマー先生は
スタンリーに貰うなと注意をした。

ポテトのロティを狙っていたからだ。

ヴァルマー先生は大の食いしん坊で
常に生徒達の弁当を狙っていた。

友人達から弁当を分けてもらう
スタンリーを目の敵にしていた。

ある日、先生達は校長室に呼ばれた。

授業の遅れを冬休みで挽回するから
出勤して欲しいという旨だった。

冬休みに補講があることを生徒たちに
優しく人気者あるロージー先生が伝えた。

補講は長時間だから大きめの弁当を
持ってくるようにとも付け加えた。

大きめの弁当にヴァルマー先生は
ワクワクしていた。

補講日の初日、クラスで一番お金持ちの
アマンの4段式の弁当に目をつけていた。

アマンの弁当で頭がいっぱいだった。

お昼の弁当の時間になった。

スタンリーは教室を出ようとしたが
友人達にどこに行くのか訪ねられた。

スタンリーは

「お母さんが家で作っている」

と嘘をついて教室から抜け出した。

しかし外のマリア像の前にいる
とこをと友人の一人が見つけた。

弁当が無いことが友達達にバレてしまい
「お父さんが出張でデリーに行っていて
お母さんもついて行っている」と嘘をついた。

それを聞いたアマンがお母さんが戻るまで
一緒にみんなで食べよと提案をした。

アマンの弁当が食べ終わることに
ヴァルマー先生がやってきた。

補講の2日目、アマン達はヴァルマー先生に
弁当が狙われ無いように階段下で食べた。

教室にアマン達がいなかったことを
ヴァルマー先生はしつこく聞いたが
上手い理由をつけてごまかした。

3日目はグランドで4日目は大教室で食べた。

5日目にとうとうヴァルマーに見つかった。

何癖をつけて自分から逃げ回っている生徒達に
ヴァルマーは怒りがこみ上げてきた。

そして目の敵にしているスタンリーに言った。

「ネズミ野郎、弁当を持って来ない者は学校に来るな」

次の日、教室にスタンリーの姿はなかった。

スタンリーが学校に来なくなった頃、
支援協会企画のコンサートにホーリー・ファミリー校からも
何人か参加させたいと校長先生から先生達に申し出があった。

構内ではコンサートメンバーのオーディションが行われたが
スタンリーの友人達は歌の上手い彼が適任だと考えた。

そこで、コンサートをスタンリーに知らせようとするが
聞いていた電話番号は不通で、住所も分からなかった。

ある日、友人達はたまたま学校に行っているフリをして
時間を潰しているスタンリーに会った。

そこでスタンリーにコンサート参加メンバーが
練習している場所の地図を渡した。

スタンリーは練習場所に行ってみたが、
学校で選考されていないので見様見真似で
練習をした。

ある日、コンサート練習の指導者が
スタンリーの練習に気づいた。

「どうして上手いのに選ばれないの?」

の指導者からの質問にスタンリーは

「弁当箱がないから選ばれない」と答えた。

指導者はスタンリーを練習に参加させた。

その事をスタンリーは友人達に報告した。

報告は2つあった。

1つはコンサートメンバーに選ばれた事。
もう1つは「明日学校で」という事だった。

次の日、スタンリーは4段の弁当箱を持って
登校してきた。

そして真っ先にヴァルマー先生の所に向かった。

4段式の弁当箱から1つずつ弁当を取り出し
ヴァルマー先生の前に並べて言った。

「全部あげるから学校に来ていいですか?」

スタンリーを追放した事に負い目を感じていた
ヴァルマーは手紙を残して学校を去っていった。

スタンリーは校長から手紙を受け取った。

手紙の内容はヴァルマーからの謝罪だった。

支援協会のコンサートでのスタンリーの演技は
見に来た保護者や教員達の心を打つものだった。

コンサートの帰りにスタンリーを可愛がっている
ロージー先生に送ろうかと提案されるが、

「お母さんが車で待っている」と断った。

自宅まで事情を知っている校長先生が送った。

帰るや否やスタンリーは食堂を営む叔父に
日曜日は忙しいのにどこに行っていたのかと
ビンタされた。

スタンリーの両親はすでに他界していたのだ。

叔父の食堂で調理場で料理人の手伝いを
しながら暮らしていた。

コンサートの指導者からプレゼントされた
4段式の弁当箱の料理は店の残り物だった。

スタンリーの弁当を用意してあげた料理人に
「どうして弁当がないことを黙っていたのか」
と聞かれスタンリーは答えた。

「残りの料理は自分の物ではない」と。

料理人は「でも叔父さんのだろ?」と
聞き返すと「家族じゃないから」と返答した。

「余り物だし俺が作ったから気にするな」
と料理人はスタンリーを諭した。

それからスタンリーは弁当を学校に
持っていくようになった。

スタンリーは料理人の美味しい料理を
「お母さんが作った」と説明しながら
友人達や先生達に振る舞った。

==============

あらすじを読んでくださったあなたは
先生が生徒の弁当を摘めるのか?と
疑問を持ったかもしれませんね。

調べてみるとインドでは先生は
結構自分勝手な振る舞いをしていて
それが許されているようです。

生徒の弁当をつまむ事は日常茶飯事に
起きているレベルのことらしいです。


カースト制で身分の違う人の食べ物を
食べるのか?

最近では都会ではカースト制の身分に
拘らなくなっているようです。

<感想>

どうしてヴァルマー先生は生徒達の弁当を
つまみ食いする事に執着していたのか?

ひょっとしてヴァルマー先生も
スタンリーのような境遇で育った事が
弁当への執着になっているのかもしれない
と個人的には感じてしまいました。

そして、

スタンリーが周りにバレたくなかったのは
”弁当”がない事ではなく”お母さん”がいない事
だったような気がします。

映画の冒頭でスタンレーの顔にあざがある事や
お母さんがいる素振りを頻繁にすること、
そして左利きが矯正されていないことから

孤児であることはすぐにわかりました。

インドは右手は神聖とされ食事は右手で
行う事が普通です。

左手はお尻を拭いたりする際に使う手で
鉛筆を持って勉強をしていたり、
食事をするシーンはちょっとグッと来ました。

という事で以上です。

ご訪問ありがとうございました。

では。

今を生きる 規格外頭脳のエリート男子高生達が規格外の先生に洗脳されていく話 [ヒューマンドラマ]

今を生きる、を23年ぶりに見返してみた。

落ちこぼれの高校生の頃はスカッとしたのに
今回は爽快感も感動もなかった。

内容を知っている事にも原因がありますが

作品の注目するポイントの変化が大きい。

高校生の頃は主人公(キーティング先生)の
”普通”の先生らしからぬ発言や行動に注目し
そこに感動したのかもしれないが、

今回は物主人公が生徒達に伝えようとしていた
内容には共感したが、熱血なのかどうなのかは
分からないが少し暑苦しさも感じた。

つまり主観的に見た内容を客観的に見た。

どちらにしても名作であることは変わらないが、
この差が経験なのかもしれない。

そんなこんなで作品の紹介です。

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今を生きる

感動 ★★★★★(高校時代)
感動 ★★★☆☆(現在)

1990年のアメリカ映画

主演 ロビン・ウィリアムズ(キーティング先生)

ジャンル ヒューマンドラマ

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では、あらすじです。

====あらすじ=====


7割以上が超難関大学に進学する全寮制の男子校に
OBである英語教師キーティングが赴任してきた。

伝統や規律を重視する校風に染まっている生徒達に
キーティング先生は刺激的で破天荒な授業をする。

初回の授業から教室から飛び出し大昔の卒業生の
写真を見せながら「今を生きる」大事さを説き、

ある時の授業は教科書では「詩は評価出来るもの
でななく個々で考え感じる事が重要だ」と教科書に
掲載の詩の評価法のページ一破らせたり、

ある時の授業では視点の違いで見え方が異なる事を
体感させるために教壇の机の上に生徒一人一人を
立たせたり、

「1、2」と掛け声に合わせて行進すると無意識に
他人と同調してしまう事に気づかせ、同調せずに
自分らしさを表現する事の大切さを教え、

ある時は生徒が自作した詩を発表させ、才能がある事に
気づかせさせて自身を芽生えさせ、

ある時は詩の朗読とサッカーを融合させた授業をした。

そんな先生に初めは戸惑う生徒達もキーティング先生の
人間性とユニークな授業に、親の期待、学校の規則や
伝統ではなく自分の意思で行動し考える自由な生き方が覚醒され始めた。

ある日、優等生のニールは卒業生の記録から、キーティング先生が
学生時代に「死せる詩人の会」というクラブを作たことを見つけた。

そして仲間達とキーティング先生が学生時代にしていた様に
学校近くの洞窟で「死せる詩人の会(今を生きる)」を始めた。

洞窟の中では、タバコ、楽器演奏、自作の詩の発表、飲酒、
女性を連れ込むなど、校則完全無視のちょびり大人の体験を
していった。

そして「死せる詩人の会」のメンバーは自分の本当にやりたい事に
素直に向き合う様になっていく。

一目惚れした他校の女子を彼氏から奪う者、学校新聞の記事を差し替えて
女子生徒の入学を要望を伝える者、校長に全校集会で歯向かう者がいた。

そんな中、優等生のニールは演劇で主役を射止めた。

しかし将来は医者になるように強制する厳格な父親に猛反対され
強制的に陸軍士官学校に転校させられることになった。

自分の夢すらさせてもらえない躾に絶望をしたニールは
父親の書斎でピストル自殺をする。

学校新聞改ざんの犯人探しをしていた学校側は、
ニールの件を合わせて強引に「死せる詩人の会」
のメンバーを退学をチラつかせて見つけ出そうとする。

「死せる詩人の会」のメンバーを知っている
生徒がメンバーを裏切り学校側に全貌をチクる。

そしてその主犯格はキーティング先生だと言う。

校長はメンバー一人一人を保護者同席で呼び出し
キーティング先生の入れ慈恵に同意する書面に
サインをするか、退学するか、を選択させる。

校長や学校側のやり方に生徒達は負けた。

そしてキーティング先生は学校を去る事になる。

キーティングが学校を去る日、校長が代理で
していた英文学の授業はキーティングが
破り捨てさせたページの内容だった。

校長の許可を得て授業中に忘れ物を取りに来た
キーティング先生が教室を去ろうとした時、

1人の生徒が机に立った。

その生徒はキーティングとの出会いで
自身がなく内気な性格を克服できた
生徒だった。

その生徒の勇気に同調した他の生徒達も
一人、また一人と校長の制止を無視して
机の上に立った。

そして言う。

「オーキャプテン、マイキャプテン」

これは生徒たちに自分をそう呼んでもいいと
キーティングが言っていた詩の一節のフレーズ。

机の上で「オーキャプテン、マイキャプテン」と
キーティングを見送る事は生徒たちの学校側への
抵抗とキーティング先生への感謝を伝えるものだった。

=============


この映画には親や学校教育など大人の都合や価値観の
押し付けから自分の意思で立ち上がれという反社会的な
メッセージがある。

自分の意思を抑制して大人都合に従順に従うことは、
つまり”自分の人生の死”を意味しているのだと思う。

疲労した肉体に鞭を打ち、受け入れ難い理不尽な要求にも
耐える多くのサラリーマンにも見て欲しい作品。

P.S.

2014年にロビン・ウイリアムズは首吊り自殺しました。

ご冥福をお祈りします。

ロビン・ウイリアムズで個人的にオススメなその他の作品に
「レナードの朝」「パッチアダムス」などがあります。


ご覧になる機会がありましたら、是非、ご覧ください。


ご訪問ありがとうございました。

では。

中毒性の高いアメリカTVドラマおすすめベスト3(個人的に) [日記]

続きが気になって仕方がなくなってしまった
アメリカのTVドラマからベスト3をご紹介。

これまで
24、ロスト、ヒーローズ、フリンジ、ダメージ
プリズンブレイク、エリアス、ダークエンジェル、etc・・・
などを見てきました。

見ていない作品もたくさんあるのですが、
これまでに見てきた作品の中で個人的に
面白かった作品を3本選びました。

第1位 24-TWENTY-FOUR-

ベタすぎますが、やはりNo.1です。

シーズン1が日本に上陸したときは日本中に
多くの24中毒者が生まれました。

人気過ぎてレンタルするのも一苦労でしたが、
今ではオンラインでも見れるので、続きが気になって
ソワソワすることもなくなりましたね。

しかし、シーズン9にもなると見慣れたせいか
シーズン1の頃より面白さを感じなくなっています。

それでもやはり24が一番かな。


第2位 アンダー・ザ・ドーム

ちょうど今、Huluで見ています。

軽い気持ちで見始めたのですが
結末が気になってしまい、

土日で連続してシーズン1の13話と
シーズン2の7話まで寝落ちするまで
連続で見てしまっています。

この記事を書き終わった後も
続きを見ようと思っています。

個人的に面白かったロスト、ヒーローズ、
フリンジをミックスしたよな作品です。


第3位 ロスト

シーズン6まであります。

新作でレンタルしたので結構お金がかかりましたが
結末が気になってしまった作品です。

今は旧作扱いなので100円前後で借りられますし、
いつでも在庫がある状態なのでストレスフリーで
レンタルできますね。


追伸

週末に近所のレンタルビデオ店に行ってきました。

このブログを初めたので、もう一度、記憶に
強く残っている作品を見ようと思ったのですが

以前の記事でご紹介した「晩秋」のように
DVD化されていない作品や
廃盤になっているDVDがあることに気づきました。

店員さん曰く、

入荷費用と回転率から儲けのない作品は
再入荷しない傾向にあるようです。

ま、企業なので儲け優先ってことは理解出来ますが
個人的な名作がどんどんなくなってしまうのは残念です。

ちなみに借りようと思った作品は

ロング・ウォーク・ホーム(DVD化されているが日本仕様は無い)
黒人差別をテーマにした作品です。

ゲーム(マイケルダグラス主演)(廃盤)
これでもか!ってくらいにどんでん返しだらけの
ミステリー(サスペンス)です。

もしご覧になれる機会があればぜひ見て欲しい作品です。


ご訪問ありがとうございます。

では。

モリー先生との火曜日 後悔しない生き方を学べる名作 [人生の羅針盤の映画]

あなたは、

照れを隠して大切な人に本当の気持ちを
伝えられずにいませんか?

喧嘩をして意地になってしまい大切な人と
疎遠になったことはありませんか?

世間体を気にして本当の自分らしさを
押さえつけていませんか?

人に頼ることを恥ずかしいことだと
思っていませんか?

心を開いて本当の自分をさらけ出せす
恐怖心を克服するヒントが学べる作品です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

モリー先生との火曜日

感動度 ★★★★☆

1999年のアメリカ映画

ジャンル フューマンドラマ(ノンフィクション)

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このドラマは実話です。

モリー(元社会学教授)が朽ちゆく人生をを目の前に
元教え子に「生きること」について人生最後の講義を
するというストーリです。

テーマは「後悔しない生き方」です。

そのためには

=====あらすじ(ネタバレ注意)=====

モリー(大学の社会学教授)は食べることと
踊ることが大好きな先生だった。

ある日、大学からの帰りに車を運転しようと
いつもどおりに駐車場から出ようとしたが
ブレーキが踏めずにフェンスに衝突。

足が動かなくなったて車椅子生活になった。

筋肉が萎縮して固くなる筋萎縮性則索硬化症(ALS)
に犯された。

モリーの元教え子で売れっ子スポーツライターの
ミッチは出張先のホテルで恩師の病気を知る。

ミッチはモリーがとても可愛がっていた生徒だった。

卒業式の時にミッチはモリーと卒業しても連絡をする
約束をしていた。

多忙さから16年間も連絡を一度も取らなかった。

病気になった恩師に会いに行きたかったが
忙しいことを言い訳にした。

しかし、どうしても本心には逆らえず勇気を出して
お世話になった恩師に会いに行く。

そんなミッチをモリーはしっかり覚えていて、
ハグで歓迎して迎えてくれた。

モリーはミッチに最後の講義をするために
また会いに来るようにと。

ミッチはその約束を今度は守ろうと決意する。

モリーからの提案で大学時代に相談日だった
毎週火曜日にミッチは会いにいくようになる。

先生(モリー)から死、愛、結婚、家族について
学んでいく。

先生は「愛を恐れていた父を愛せなかった」と
後悔していることを語る。

そのころミッチには恋人がいたが、
結婚に踏みけれずにいた。

ミッチはしびれを切らした恋人から別れを告げられる。

別れを生かされて結婚をミッチは覚悟したが時遅し。

ミッチはモリーの教えから愛する人に自分を託す事、
受け入れることを学んだミッチは諦めなかった。

恋人に手紙を書いた。

その手紙に恋人はチャンスを与えた。

そのチャンスとはモリーに会ってから答えを出す
というものだった。

モリーに対するミッチの態度やモリーの人柄に
恋人は結婚を受け入れた。

モリーはミッチの前では明るく元気に振舞っていたが
かなり弱っているとモリーの妻から聞いた。

ミッチはいつモリーが逝ってしまうのかと恐れていた。

モリーからの講義は続いた。。

人に依存することはこの世の中では「恥」だが
それは恥ずかしくないことだと教える。

赤ん坊は依存しないと生きていけないし
死期を迎えた人も依存し、中間の間も
依存していい、それが愛だと諭す。

モリーは、「父に心を閉ざしていたことが
なんと無駄な時間だったのか」と後悔を語る。

そして、、、

モリー先生の人生最後の講義。

モリーの死を受け入れられないミッチは
モリーの死後、先生からの学びが無駄に
なってしまうかもと打ち明ける。

モリーは死んでも絆はずっと繋がっている
とミッチを諭す。

この時、始めてミッチは泣いた。

そして、次の火曜日にまた来ると言ったが
もうモリー先生の火曜日は来なかった。

====================

こんな感じです。(わかりにくいですよね)

ストーリがモリーの講義が中心なので
会話ばかりです。

なので、あなたの目で実際にご覧になってください。

見て後悔しない作品です。


素直に人と接する事が難しい現代社会に
疲れている人にはかなりおすすめ作品です。

では。

サイモンバーチ 障害を前向きの捉えて生きる少年の隠れた名作 [隠れた名作]

神様の存在をあなたは信じますか?

少年が活躍する映画で感動ものは

「スタンド・バイ・ミー」
「リトルダンサー」
「マイフレンドフォーエバー」
「ペイフォワード」
「ギルバートブレイク」

忘れてしまって思い出せないのも
まだまだありそうですが、

その中でも特に印象に強く残っているのが
今回ご紹介するのは隠れた名作

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ミスター・バーチ

感動 ★★★★☆

1998年のアメリカ映画

ジャンル フューマンドラマ

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医者も生まれた瞬間から匙を泣けるほどの
障害を抱えて生まれてきた主人公バーチ。

しかし、奇跡的にも生き延びた。

生き延びたのには何か意味があるはずだと
信じ続けた少年の物語です。

この作品もVHS(当時はDVDでない)の
パッケージに惹かれ、ストーリーを読んで
何気なく借りたのですが、そういう作品が
良かったりします。

では、あらすじです。

が記憶をたどってのあらすじなので
「本当にお前は見たのか!」っていうことも
あるかもしれませんが、

あなたに個人的に良かった作品を知って頂く事が
目的なのであらかじめご了承下さい。


=====あらすじ(記憶を辿って)=====

バーチは生まれながらに心臓を含め体中に障害があった。

医師は両親に「1日も生きられない」と宣言する。

しかし、1週間たっても生きていた。

バーチが成長すると障害が顕著に現れていた。

少年に成長したバーチは周りの子供たちよりも
明らかに小さかった。(多分1m位の身長)

そんな醜いバーチに両親は全く愛情を注がない。

しかしバーチは全くめげなかった。

自分が生かされたこと、小さい体には何か神様から
与えられたミッションに違いないと思っていた。

そのミッションの答えを見つけるために教会に通い
牧師さんに頻繁に相談していた。

しかし牧師さんはそんなバーチを面倒に思っていた。

バーチには親友がいた。

親友は母親が未婚で生んだ子で父親を知らない。

親友の母親はバーチをとても可愛がってくれた。

バーチも親友の母を実の母の様に慕っていた。

そんな親友の母に恋人が出来る。

母の恋人を受け入れられない親友に対して
バーチは直ぐに仲良くなった。

親友も徐々に母の彼氏に心を開き始めた。

平和な毎日だったある日
親友と野球の試合に参加した。

その野球の試合でバーチはホームランを打つが、
打球が親友の母の頭を直撃して親友の母は急死。

そのことがきっかけでバーチと親友は気まずくなる。

バーチは親友に許しを得ようと、
宝物の野球カードを親友にあげる。

親友もバーチとの関係を修復したかったのだが
その方法が分からなかったが

母の彼氏から仲直りのアドバイスをもらい
バーチと親友の仲は戻った。

仲直りした2人は親友の母に当たった
ホームランボールがなくなったことと
(ボールを取ったのは父親だと思ったから)

親友が左効きであることから親友の
父親探しを始める。

ある日、キャンプがあったがバーチは
体調不良で参加できなかった。

キャンプに参加できなかったバーチは
一人で教会に出かける。

留守中の牧師の部屋でボールを発見。

その事実を親友に伝えようと学校のキャンプに
親友の母親の彼氏に送ってもらう。

しかし、
親友は既に牧師から事実を打ち明けられていた。

キャンプの帰り、バーチは親友の母の彼氏の車ではなく
親友と一緒にスクールバスに乗り込む。

スクールバスが事故を起こし川に落ちる。

引率していた牧師は気を失っていた。

慌てふためく子供達と親友。

しかし、バーチは落ち着いていた。

バーチの的確な指示に従い子供達や
友人は無事に避難をしていく。

しかし、バスの中にはまだ取り残された子供がいた。

バーチは体の小ささを生かし壊れたバスの隙間から
子供の救出に向かう。

どうにか子供を助けたのだが、、、

沈みゆくバスの中にバーチは取り残されてしまう。

溺れたバーチも助け出されたが危篤だった。

そして、親友に見守られながら息を引き取った。

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こんなような内容だったと思います。

バーチに与えられた神からのミッションは
事故を起こしたバスから子供たちを救う事
だったのかもしれません。

常に信仰心を持ち、神を信じていたバーチは
危機にも慌てることなく冷静でいられた。

事故を起こしたバスの隙間に入れた小さな体。

だからきっとバーチは
「これが僕の神様に与えられた役割だったんだ」
と思いながら逝ったのだと想像します。

バーチのように存在意義が見つかると
惰性で生かされている毎日から卒業して
目標のある生き方が出来るだろうな。

でも、
それって結構難しいことだなと思います。

では。

アトミックトレイン 驚愕の結末に唖然!口がポカンとした映画No1 [驚愕の結末の映画]

驚愕の結末に唖然!に口がポカンとしたNo1映画です。

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アトミック・トレイン

口ポカン度 ★★★★★(MAX)

1999年のアメリカ映画

ジャンル アクションサスペンス

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この作品はテレビでたまたま見ました。

序盤から全く面白みもなくただテレビをつけていました。

しかし、、

いつまでたっても問題が解決されていかないのです。

映画のセオリーではこんなはずじゃないのに。

気づくとテレビの画面に首付け。

そして問題解決せずにエンディング。

アメリカ映画セオリーの最後はハッピー、
チャンチャンってのがありません。

こんな映画もあるんだ!と別の感動をしました。

普通のアメリカ(ハリウッド)映画は
神話の法則というストーリー展開に
当てはまるように作られています。

なぜかというと、そういうストーリーが
大衆うけし儲かるから。

それなのにアトミック・トレインは
列車もストーリも見事に脱線してしまった。

アメリカ映画のセオリーは簡単にいうと

1、平凡な日常に暮らす主人公
2、ある日、主人公が問題に巻き込まれる
3、問題を解決しようと努力するが失敗の連続
4、そこに助言者が現れるか問題解決のヒントを見つける
5、一緒に問題を解決してくれる仲間が現れる
6、問題が一段落しそうになると更なる大問題発生
7、主人公達はギリギリで問題を解決する
8、問題が去って平和が戻る
9、主人公達も平凡な日常に戻っていく

こんな感じで最終的に問題が解決されて
ハッピーエンドで終わっていきます。

それがこの作品には無いんです。

=======あらすじ(回想で)=======


ロシアからの核爆弾がアメリカの貨物列車に
何かの手違いで紛れ込んでいた。

その列車のブレーキが効かなくなり止められなくなる。

なんとか列車を止めなければ大惨事となってまう。

列車を止められない車掌は速度の遅い今なら
飛び降りられると諦めようとする。

そこに青年が現れて車掌に諦めないように説得する。

しかし青年は列車から転落死してしまう。

列車はのろのろしているが止まらない。

この先には長い緩やかな下り坂。

下り坂で列車はどんどん加速していく。

その先にはカーブがあり脱線してしまう。

そこは多くの人が暮らすデンバーだった。

核を積んだ列車に別の列車を連結させて
止めようと試みる。

しかし連結は失敗し、衝撃の反動で
核を積んだ列車はますますスピードを上げる。

そして、カーブで脱線し炎上。

核爆発を防ぐ残された唯一の方法は
爆弾の核弾頭を解体することだった。

核弾頭解体の特殊部隊の隊員が
防護服に身を包んで火の中で作業する。

核が爆発しないように特殊な消火剤で
消火活動も行われていた。

列車火災を無線で聞いていたヘリコプターが
消火活動に協力しようとする。

ヘリコプターは池で水を汲み現地に駆けつける。

そして放水。

特殊消火剤と水が化学反応し爆発。

そして、同時に核爆弾も大爆発する。

デンバーの街は核に包まれた。

街全体で全滅か?と思われたが
土管やレンガに隠れていた人々が
無事だった。

チャンチャン!

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この映画のすごいとろこは

列車を止めようと協力した人たちが
事態をどんどん大きくしていき
結局、核が爆発したことです。

究極のサスペンスです。

裏切りはまだかまだかと思っている人たちの
その思いを完全に裏切ってくれます。

認知的不協和状態です。

ある意味、革命的な映画でした。

機会があれば是非。

ご訪問ありがとうございます。

ダンサーインザダーク 悲劇さに廃人レベルの脱力感No1 [心が締め付けられる悲しい映画]

「今まで観た映画で一番悲しかったのは?」と
尋ねれたらこの作品が真っ先に思い浮かぶ。

上映後、呆然としてなかなかシートから
立ち上がれなかったほどラストは衝撃的だった。

マツコデラックスさんもオススメのその映画は

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ダンサーインザダーク

個人的評価 ★★★★★(悲劇度MAX)

2000年のデンマーク映画

主演 ビョーク(アイスランドの歌姫)

監督・脚本 ラース・フォン・トリアー

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悲しい気持ちになる映画はたまにあるけど
これほど心が締め付けられた映画はない。

先ほど冒頭に書いたように1回目に見たときは
上演後に抜け殻の様になってしまった。

2回目は大丈夫でしたが重たい気分でした。

この記事を書きながら久しぶりにあの絶望感を
また味わいたくなってきた。

作品のタイトルのとおりダークそのもの。

もし、あなたも一回目に見たときは
冷たくて重くてドス黒い大きな塊が心に
ズッしとのしかかてあなたも抜け殻に
なってしまうかもしれません。

ハンカチ必需品の作品です。

この映画を見ると廃人のように落ち込んでしまう人と
なぜか?理解不能なのですが元気になる人がいるようです。

私は廃人の抜け殻になったパターンです。

あなたはどちらになったのか、あるいはなるのか?

この映画は個人的に一言で言うと「明と暗」

なぜそう思うのかはあらすじの後で明らかにしますので
最後まで読みすすめて下さい。

さて、

そんな健全な20代の若者をたった2時間程度で
廃人レベルまで精神をすり減らしてくれた映画の
個人的なあらすじです。

DVD化されている作品なのでネット上のあちこちに
ネタが転がっていますので、あえて25歳の記憶に
アクセスしてあらすじと主観を書いてみます。

白状するとビョークの役名はカンニングしましたが

残りの人たちはとなりの奥さん、警察官(となりの旦那)
女友達、男友達(下心有り)、息子、目医者くらいだったので
大丈夫です。

が、

15年も前の記憶ですし、記憶力が悪い上に脳も退化
しているので事実と違う部分があるかもしれませんので、

「お前、間違ってるぞー」

とかそういうのは勘弁してください。



=====あらすじと感想(ネタバレ注意)=======


チェコかどっかの共産圏から出稼ぎに来ているセルマ。

目的は息子の目の手術代を稼ぐため。

そんなセルマもほとんど目が見えない。

目が見えないので聴覚にたよっているためか
常にセルマの頭の中はファンタジーの世界。

劇中でセルマの働く工場の機械音、
帰宅中の電車の通過する音、
息子の自転車の音、

がセルマの脳内妄想世界でリズムを刻み
セルマは歌を常に歌っていた。

セルマの意識内の世界から現実社会に
切り替わる時に、一気に静かになるのが
印象的だった。

そんなセルマだが工場勤務と家での内職で
息子に遺伝した目の病気の手術代の目処が立つ。

クッキーの空き缶のような入れ物に
セルマはお金を貯めていた。

目が不住なセルマを気にかけてくれていた
リッチな隣人夫婦とは家を自由に行き来する
くらいの仲だった。

ある日、セルマが缶カンにお金を入れる様子を
となりの警官の旦那が見てしまった。

それに気づかないセルマ。

この時、ほぼ失明していたのかもしれない。

お金を隠す様子を息を潜めて確認する隣人警察官。

実は彼には秘密があった。

リッチだと妻に思わせていたが相当お金に困っていた。

セルマに気づかれないようにお金を盗み出そうとするが、
セルマに気づかれてしまう。

息子の大切な手術費用を取り戻そうとするセルマと
奪おうとする隣人警察官がもみ合ううちに

確か警察官がピストルを取り出して
窃盗を偽装するために自らの腹に発砲。

そしてセルマに言う。

「セルマ、友達だろ。だから黙っていてくれ。」(想像)

なんとかお金を取り戻したセルマは
息子の手術代を目医者に支払いに行く。

その間に警官殺人未遂事件に発展していて大騒ぎ。

そしてセルマは逮捕され、裁判にかけられる。

判決は「死刑」。

獄中のセルマに接見して弁護士を雇うように
女友達は何度も説得を試みるが。

セルマは息子の目の手術費にお金を優先する。

そして絞首刑が決行される。

白い布を被せられうっすら感じていた光が
完全に遮断され、セルマの世界へ。

大好きな歌を歌い始める。

その途中で

光も音も無い世界へセルマは息子を残して逝く
最後まで隣人警官のお願い通り事実を打ち明けずに・・・

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こんな感じだったと思います。

あらすじ前に書いたテーマ「明と暗」について
どうしてそう思うのかを書きます。

まずは、人間関係。

となりの隣人はセルマに親切だった(明)
お金を見つけて盗もうとした(暗)

隣人はリッチ(明)でも破産寸前(暗)
手術代が貯まる(明)弁護士費用が出せない(暗)

セルマの女友達は常にセルマの味方だった(明)
男友達はセルマが気がないと分かると送迎を辞めた(暗)

次に音。

この作品はセルマと息子に目の障害があるため
光の明暗ではなく、セルマの世界と現実世界の
切り替えが音で表現されていた。

音があるセルマの世界(明)光の現実社会(暗)

この音の切り替えやビョークの唄声が
この作品の臨場感を更に引き立てていた。

ビョークの幼く素朴な顔もセルマのイメージにマッチ。

この記事を書きながら私の脳内の拙い記憶世界で
15年前のスクリーンが再上映されました。

あなたがこの作品をまだご覧になられていないのなら
これほど切なく心がギューッと押し潰れる映画が
あるのかと思うはずですのでオススメします。

ご訪問ありがとうございます。

晩秋 25年間で一番印象に残っている映画 [温かい涙がポロリする映画]

25年間で一番印象に残っている映画をご紹介します。

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「晩秋」(原題 Dad)

ジャンル フューマンドラマ

泣ける度:★★★★☆

1898年アメリカ映画

原作 ウィリアム・ワートン

監督 ゲイリー・デビッド・コールドバーグ

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この作品に出会ったのは16歳か17歳の頃。

あれから25年たった今でも記憶の片隅で
残り続けている映画がいくつかありますが

「何か一つをあげてみて」と言われたら、
迷わずに即答して、この作品をあげます。

25年も前に見たのでどのくらい感動したのか?
忘れましたが、高校生の自分の心に響いたのは
確かです。

あなたにも是非、見ていただきたい作品なのですが
どうやらDVDは無いようです。

サイト「K-PLUS」でVHSのレンタル出来るようですが
いまどきVHSなんて持っていませんよね。

なので、あらすじを紹介するとこんな感じでした。

===== あらすじ =====


仕事ばかりしているエリートの息子がある日、
母が心臓の病気で倒れたと知らせを受ける。

病院に着いた頃には母の症状は収まっていたが
父はすっかり生気をなくしていた。

そんな父の姿に愕然とする息子。

父は家事の一切を妻に任せていたため
一人では何もできない。

息子は仕事があるため父親自身で
生活が出来るようにしたかったが、

しばらく仕事を休んで父の世話をするうちに
一緒に生活する事を決意する。

離れて暮らしていた孫も同居するようになり
息子の愛情に父は元気を取り戻す。

ビンゴ大会に一緒にでかけたりと
ますます元気になっていった。

しかし高齢のためビンゴ仲間の
父の友人たちが亡くなっていく。

死因は癌が多かった。

父も癌になるのかもしれないと
いつも気にしていた。

そんな父が癌になった。

極度に癌に怯えていた父は
ショックのあまり意識を失う。

息子は付ききりで看病し、
数週間後に目をさまずが
精神は蝕まれていた。

息子ですら怯えるような
別人になってしまていた。

そんな父を母は嫌悪するようになるが
息子にありのままを受け入れようと
説得される。

そして父は別人の人格で徐々に
正気を取り戻していく。

孫に盆栽を教えたりして
幸せな生活を送れるようになった。

そして、月日は経ち

父は家族の愛に包まれながら生涯を
幸せに終えていく。

===ここまで===


25年ほど前の記憶なので曖昧な部分もありますが、
全体としてはこの様な内容です。

DVDがない事が本当に残念な作品です。

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